愛川欽也が反戦を安倍晋三に訴えていた話がマジ泣ける。


愛川欽也さんは反戦への思いが溢れた方だったようです。
なんと、平和を訴えたメッセージを東京都墨田区が開催する「平和メッセージ展」に寄稿していたようです。
しかも、21年間も前からです。

戦争の悲惨さを忘れないために

愛川欽也さんは憲法改正を推し進める安倍晋三首相とは考えが異なっていました。愛川欽也さんが安倍晋三首相に平和を訴えていたという情報もあるようです。ただ、安倍晋三首相に直接訴えていたわけではなく、政治に関して言いたいことが言えないメディアの空気が気に成っていたようです。それでは、以下で詳しくお伝えします。

愛川欽也さんは80歳でお亡くなりになられましたが。戦争中は10歳前後の少年でした。戦争に参加こそはされなかったでしょうが、戦争の悲惨さは十分ご存知だったようです。そのため、戦争に対しては非常に過敏な反応をされていたこともまた事実でした。

自民党からの圧力で番組終了へ

愛川欽也さんが1999年から司会をつづけたCS放送局・朝日ニュースター『愛川欽也パックインジャーナル』でも、政治的に過激なテーマが取り扱われていたようです。

その番組『愛川欽也パックインジャーナル』はあまりに過激な内容を扱っていたため、自民党からの圧力が朝日ニュースターの親会社であるテレビ朝日にあり、番組終了することなったようです。

自民党からの圧力を如実に愛川欽也さんは感じていたのでしょう。
自民党が選挙で勝利することが確定していると思われる選挙前の時期に番組内で、「安倍さんまた病気になんないかな」と過激な発言をされたことは事実です。

このような過激な発言で政治家と戦っていた愛川欽也さん。

憲法改正を非常に心配されていた姿勢には頭が下がります。ただ、ここまで過激な発言をされていたので、それを面白く思っていない方が多くいらっしゃったのもまた事実のようです。

愛川欽也さんの政治と戦う姿勢、今の我々の中にはそのような気持ちを持ち、また、政治に対する危機感を持っている方が少ないこともまた事実かもしれません。

愛川欽也さんのご冥福をお祈りします。


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